内部被曝の物理的基礎

放射性線が人体に及ぼす影響

放射性元素が体内に取り込まれると、そこから放出される放射粒子によって、主にDNAが損傷を受ける。この損傷により、ガンなどの疾病が引き起こされる。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-02-02-06

放射粒子が人体に及ぼす影響の大きさは、粒子の種類やエネルギーによって異なる。
核分裂反応時に放出される放射線は、α、β、γ線X線)、中性子線の4種類。

放射線 放射粒子
α線 He(ヘリウム)原子核
β線 電子
γ線X線 光子
中性子 中性子

γ線X線)、中性子線は物質との相互作用が弱いため、人体を透過してしまいやすい。X線でレントゲン写真が撮れるのは、多くの光子が透過するため。α線β線は物質との相互作用が強いため、ほとんどが人体に吸収される。このため、外部被曝ではγ線X線)、中性子線が主要な問題になるのに対し、内部被曝ではα線β線が主要な問題になる。なぜなら、α線β線は空気中を遠くまで飛べず、服などでもかなり遮蔽されるので外部被曝を起こしにくいが、逆に内部被曝を考えた場合、体内で発生したγ線X線)、中性子線の多くが体外へ抜けてしまうのに対し、α線β線はほとんどが体内で吸収されるためである。


放射性元素を取り込んだときの吸収エネルギー

時刻0に放射粒子r(エネルギーer)を放出する放射能R(Bq)の放射性元素A(反応緩和時間τ)を体内に取り込んだとする。
このとき、時刻T(s)までに人体に吸収されるエネルギーE(T)、および吸収されうる最大エネルギーEmax(T)は
E(T) ≦Emax(T) = (1- exp(-T/τ)) x τ x R x er

(*)E(T) = Emax(T)になるのは完全吸収の場合で、α線β線による内部被曝は完全吸収に近いと思われる

T >> τ(例えばT > 7τ)の時
Emax(T) ≒ τ x R x er

t << τ (例えばt < 0.1τ)の時は以下がかなりよい近似。
1- exp(-t/τ)≒ t/τ

よって、T << τの時は以下の近似がよく成り立つ。
Emax(T) ≒ T/τ x τ x R x er = T x R x er

右辺にτが入っていないことに注意。つまり、τより十分短い積分期間Tであれば(T << τ)、放射能Rと放射粒子のエネルギーer、および積分時間Tだけで、その間に人体に吸収される最大エネルギーEmax(T)が(かなりの精度で)求められる。

原子力発電所で生成される放射性元素から放出される放射粒子は、1 MeV(= 1.6 x 10^-13 J)程度のエネルギーを持つことが多い。
以下に、放射性元素の取り込みにより、人体が吸収する最大エネルギーの計算例を載せる。ちなみに、1年 ≒ 3.2 x 10^7 s。


(例1)
I-131を想定
er = 0.4 MeV, 半減期 = 8日, R = 10000の放射性元素を体内に取り込んだときのEmax(1年)、Emax(50年)は

Emax(1年) = 0.64 mJ
Emax(50年) = 0.64 mJ

Emax(50年)/Emax(1年) = 1.00


(例2)
Cs-137を想定
er = 0.5 MeV, 半減期 = 100日, R = 10000の放射性元素を体内に取り込んだときのEmax(1年)、Emax(50年)は

Emax(1年) = 9.71 mJ
Emax(50年) = 9.97 mJ

Emax(50年)/Emax(1年) = 1.03


(例3)
Pu-238、239、240、241、242の混合物を想定
er = 5 MeV, 半減期 = 100年, R = 10000の放射性元素を体内に取り込んだときの、Emax(1年)、Emax(50年)は

Emax(1年) = 362 mJ
Emax(50年) = 14321 mJ

Emax(50年)/Emax(1年) = 39.5


吸収線量(Gy = J/kg)と吸収エネルギーの関係

吸収線量Dは、試料(人体など)1kgあたりに吸収された放射線のエネルギー。
たとえば、外部被曝の場合、体重m kgの人がエネルギーEの放射線を吸収した場合、吸収線量Dは、
D = E/m
で表される。(実際は、臓器ごとの係数があって、話しはもっと複雑。)
http://www.remnet.jp/lecture/seminar/H21kisoII04.pdf のp15

さらに、放射線荷重係数wによって、放射線ごとの人体への影響の強さを補正した、等価線量H(Sv = J/kg)というパラメータも存在する。
H = w x D

放射線 放射線荷重係数w
α線 20
β線 1
γ線 1
中性子 10

内部被曝の場合、多くの放射性元素は特定の臓器に集まりやすい傾向を持つ。このため、mは放射性元素の存在する臓器の重さとなる。
実際はの内部被曝の見積は、いちいち上の式から実効線量を計算するのではなく、下に述べる線量換算係数を用いて行われる。



実効線量係数

実際の内部被曝の評価には、実効線量係数F(Sv/Bq)をもちいて、摂取の放射能R(Bq)から預託実効線量Hc(Sv)に換算する。
Hc = F x R
「預託」とついているのは、内部被曝の場合、放射性元素が長期間にわたって体内にとどまることから、とどまり続けたトータルの線量を求める必要があるため。未来に受ける線量も含めて計算する。積算期間は摂取時からで50年(子供は70年)。実効線量係数は、経口、吸入や、放射性物質の化学的状態、大人、子供、など様々なパラメータによって異なる。

緊急被ばく医療ポケットブックの≪内部被ばくに関する線量換算係数≫に主な放射性元素の実効線量係数F(Sv/Bq)の表が載っている。
http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/4_1.html
I-131, Cs-137, Sr-90は10^-7〜10^-8(Sv/Bq)程度。ただし、Pu, Amの吸入時の線量係数は10^-4(Sv/Bq)と特別高い。
預託実効線量の積算期間は50年だが、I-131は3ヶ月(〜7τ)で99.9%以上の崩壊が起こる。つまり、最初の3ヶ月もするとほぼ積算期間が終了と見なせる。
また、Cs-137のように、生物学的半減期が100日程度と半減期の30年に比べて短いものに関しては、数年もすると積算期間が終了と見なせる。


(補足)
そもそも、内部被曝の場合は、α、β線という相互作用が強い放射線によるものが問題になる。このときは、放射性物質が付着した付近が集中的に被曝するため、均一な放射線による外部被曝と異なった被曝の仕方になる。よって、既に述べたように、同じ実効線量の値でも、外部被曝内部被曝の効果が等しいとは限らない。内部被曝をあえて実効線量に換算するのは、被曝量を公的に管理するには、外部、内部で統一した基準がないと不便だからであろう。