内部被曝

被曝

人体が放射線にされされることを被曝という。被曝には、人体表面からの放射線による外部被曝と、人体内の放射線源からの放射線による内部被曝の2種類がある。外部被曝では人体に対する透過性の高い放射線であるγ線X線中性子線が主な原因になるのに対し、内部被曝では透過性が低いα線β線が主な原因になる。110331(木)現在、避難区域以外(30 km圏外)のほとんどの場所では、内部被爆が主要な問題となっている。
人は環境から常にある程度の被曝を受けている。宇宙線や自然界に存在する放射性物質による放射線からは外部被曝を受け、体内に存在する放射性元素の出す放射線からは内部被曝を受けている。また、被曝により体が損害を受けた場合でも(DNAに受ける損害が主な問題になる)、人体にはそれを一定程度回復する仕組みが備わっている。
このため、一定量以下の被曝であれば、実質的な健康被害はないといえる。被曝をいたずらに怖がるのではなく適切に怖がることが合理的なふるまいであろう。そのためには、被曝量と健康被害の関係ををきちんと把握しておくことが重要である。


内部被曝

内部被曝量は経口(食べること)、または吸入(吸い込むこと)によって、放射性物質を体内に取り込むことで増加する。

被曝の程度は実効線量(単位はシーベルト(Sv))で評価されることが多い。外部被曝の評価には空間の実行放射線量率(uSv/hなど)を知る必要があるのに対し、内部被曝の評価には摂取した放射性元素の量を知る必要がある。摂取した放射性元素の量を知るには、摂取したものに含まれる放射性元素の濃度の情報が必要になる。一般に、放射性元素の濃度はそれぞれの元素の持つ放射能濃度で測られる。単位は、大気の場合はBq/m^3、食品の場合はBq/kg、Bq/Lなどである。公的機関や東京電力により、放射性元素ごとの放射能濃度情報が公開されている。
内部被曝の評価は一般的に預託実効線量を用いて行われる。預託実効線量は、摂取放射能(Bq)に線量換算係数(Sv/Bq)をかけることで算出できる。

摂取時の放射能-線量換算係数-大人(妊婦および妊娠の可能性がある女性は除く)
http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/4_1.html
吸入摂取

核種 吸入摂取 線量換算係数 (Sv/Bq)
I-131 7.4E-9
Cs-134 2.0E-8
Cs-137 3.9E-8
Sr-90 1.6E-7
Pu ~1E-4
Am-241 9.6E-5

経口摂取

核種 経口摂取 線量換算係数 (Sv/Bq)
I-131 2.2E-8
Cs-134 1.9E-8
Cs-137 1.3E-8
Sr-90 2.8E-8
Pu 2~3E-7
Am-241 2.0E-7

(*)E-xは10^-xを表す。


上の換算係数を用いれば、放射能濃度から預託実効線量を求めることができる。しかし、預託実効線量から内部被曝の評価を行うことは必ずしも簡単ではない。一般的に用いられる実効線量の評価表(例えばWikipediaの表 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88)は、あくまで均一な放射線による外部被曝においてのみ有効なものであり、内部被曝や局所的な外部被曝に対しては参考程度にしか使えない。
下の"緊急被ばく医療における被ばく線量評価 ―内部被ばくを中心として― "のp13に
http://www.remnet.jp/lecture/seminar/H21kisoII01.pdf
「実効線量はあくまで発がんなどの確率的影響について評価するためのものであること、すなわち、治療等の医療目的や事故時の大量被ばくにより生じる確定的影響を考える必要のある場合には使用すべきでないことを理解・留意する必要がある。」
との記述がある。


以下に、内部被曝や局所的な外部被曝による健康被害が、被曝の確定的影響に対しては、評価表から大きく外れる例を示す。


このように、確定的な内部被曝の程度の評価には実効線量(Sv)はあまり有効でははない。

放射線安全フォーラムの理事長、加藤和明氏は、内部被曝の場合、外部被曝と同じ「線量」という一つの評価軸に無理矢理のせるために、かなり複雑で無理のある計算が行われていると述べている。そして、内部被曝外部被曝に比べて不確定要素が多いため、より大きな"安全係数"が乗じられることが多い、と述べている。
http://www.rsf.or.jp/column/column100429.html
http://www.rsf.or.jp/column/column100401.html


外部被曝においても、その基準値には安全面で相当程度ゆとりが存在したようだ。以下は、我が国の一般公衆向けの被曝量の基準値は、今回の原発事故の前までは、かなり安全サイドによった設定になっていたと主張する論文である。
http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/news_event/2011/parity2000/jaworowski2000-09.pdf
http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/news_event/2011/parity2000/kato2000-09.pdf
http://www.rada.or.jp/database/home4/normal/ht-docs/member/synopsis/040246.html


原発事故が起こってしまって以来、これまで基準を超えるケースが多くみられるようになった。国は事故後速やかに、基準値の引き上げを行った。その上で「新しい基準値は依然安全にゆとりがあり、現在の放射線量や放射性物質濃度はそれを下回っているので安全である」、というようなアナウンスをしている。しかし、唐突に基準値が上がったため、この新しい基準値に対する不信感、不安感を覚える方も多いと思われる。
これに対する国の説明は、「事故前の基準は安全サイドに相当大きくよっていた基準であったので、それを緩和した新しい基準でもまだ安全である」、というものである。実際、上にあげた資料を見る限りにおいては、その主張は正しいように見える。しかし、できるならば、「原発事故前から使われていた○○という基準値を現在の放射能の値が下回っている」、というような形の方が、より広く受け入れられやすいように思える。
そこで、吸入摂取、経口摂取それぞれに対して、事故前から定められており、かつリスクの検討が十分なされていると思われる基準値を調べてみた。




吸入摂取による内部被曝

吸入摂取に関しては、「放射線業務従事者に対する空気中濃度限度」が参考になる。
これは、放射線管理区域で作業する放射線業務従事者に適用されるものであるが、大人(妊婦や妊娠の可能性がある女性は除く)にとっては、年間を通して働いても健康被害がほとんど出ないような濃度であると思われる。
表1 放射性核種の空気中限界濃度及び排気中限界濃度 

核種 濃度(Bq/m^3) 化学形等
Sr-90 7,000 チタン酸
I-131 1,000 蒸気
Cs-137 3,000 すべての化合物
Pu-239 3 不溶性の酸化物

http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09040215/01.gif
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-04-02-15


上の表1は、放射線管理区域に週40時間いることを前提にした数値である(1日6時間弱)。吸入による被曝の見積として、1日のうち半日を屋外で過ごし、半日を屋内ですごす、屋内の放射性元素濃度は屋外の半分という条件を仮定する。このときの屋外環境の放射性核種の限界濃度は、上の表の約1/3の濃度とわかる。現在のような緊急事態においては、多くの大人(妊婦や妊娠の可能性がある女性は除く)にとって、この1/3という濃度は限度濃度として使用できるだろう。
Pu-239に関しては、他のPu同位体も原子炉で生成されている。これらのPu同位体も、Pu-239と同様に約5 MeVのエネルギーのα粒子を放出して崩壊する。例外は、β崩壊によりAm-240に変換するPu-240だが、生成したAm-240は5 MeVのα崩壊をする。これは、すべてのPu同位体の人体に対する影響は、単位放射能あたりでは同程度であることを意味する。よって、Puに関しては、全Pu同位体の(可能であればAmも含めて)積算放射能濃度が1 Bq/m^3以下になっていればよいことになる。

まとめると、大人(妊婦や妊娠の可能性がある女性は除く)にとって、上の表1の濃度の1/3程度までの放射性元素濃度を与える屋外環境は、健康被害がほとんど生じないものと考えられる。
妊婦や妊娠の可能性がある女性はこの値の1/5、つまり表1の値の1/15を選ぶ必要がある。(一般の放射線業務従事者の限度濃度は5 mSvだが、妊婦および妊娠の可能性がある女性は1 mSvと1/5になっている。)
http://www.rokuen.or.jp/wwwpages/iinkai/senkanri/kanren.pdf
子供は、妊婦と同じか、さらに半分程度(つまり表の1/10)を用いた方がいいかもしれない。


以下は、各地の大気中の放射性元素濃度の分析結果である。
東京
http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/whats-new/measurement.html
茨城(つくば) (1 Bq/cm^3 = 10^6 Bq/m^3)
http://www.kek.jp/quake/radmonitor/index.html
福島
http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1304006.htm
福島第一、第二原発敷地内
http://www.tepco.co.jp/cc/press/index-j.html
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11033006-j.html
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11032904-j.html
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11032803-j.html
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11032703-j.html
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11032603-j.html


原発敷地内以外では、110330(水)までのところ、IおよびCsに関して、表1の濃度の1/3を超えたのは福島第一原発から20-30 km地点の110320(日)、110322(火)、110323(水)のみであり、後半は濃度が減少傾向である。
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/03/22/1304007_2215.pdf
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/03/23/1304007_2310.pdf
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/03/24/1304007_2410.pdf
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/03/30/1304007_3010.pdf



原発敷地内においても、ここ4日は表1の濃度を下回り始めている。
よって、現在の状態が続くならば、福島第一原発から30 km以上離れた場所(飯舘村など一部を除く)では、吸入による内部被曝を気にする必要はないと思われる。
ただし、今後の原発の状態次第では、濃度が急変する可能性もあるので、福島県在住の場合、とくに、子供や妊婦、妊娠の可能性がある女性は、発表される放射能濃度に気を配り続けるべきであろう。


(補足)
110331(木)現在、情報として最も入手しやすいのは空間線量率(Gy/hやS/h)である。しかし、空間線量率と放射性物質の大気中濃度はあまり相関がないことが多い。以下に例を示す。

文部科学省による"ダストサンプリング、環境試料及び土壌モニタリングの測定結果"の福島第一原発から約30 km西北西の【1-3】地点のデータ
http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1304006.htm

採取日 開始時間 終了時間 I-131(Bq/m^3) Cs-137(Bq/m^3) 空間線量率(uGy/h) I+Cs(Bq/m^3) I/Cs
2011/3/20 14:13:00 14:33:00 3800 860 13.7 4660 4
2011/3/22 13:43:00 14:11:00 7 1.1 12.2 8.1 6
2011/3/23 13:54:00 14:17:00 8 1.4 9.4 9.4 6

20日-23日で、空間線量率(uGy/h)は2/3程度しか減少していないにかかわらず、I-131やCs-137の大気中放射能濃度(Bq/m^3)は約1/500に減少している。空間線量率から大気中放射能濃度をきちんと見積もることは難しいといえる。



経口摂取による内部被曝

経口摂取による内部被曝は、飲食物を摂取することにより引き起こされる。110331(木)現在、食品の放射能は政府、自治体によって厳しくチェックされているため、市場に出回っている食品には大きな問題はないと思われる。一方、水道水は、厚生労働省の新基準値越えが何度か起こっている。よって、水道水に焦点を当てて議論する。

水道水に関しての暫定基準値に関してはチーム中川のブログによいまとめがある。
http://tnakagawa.exblog.jp/15130051/

また、WHOからも暫定基準値に対する声明が出ている。
http://www.who.or.jp/index_files/FAQ_Drinking_tapwater_JP.pdf



通常時のWHOの基準値に関して。
WHO飲料水水質ガイドライン-第3版-(2004)水質基準(ガイダンスレベル)は下のp. 203。
http://whqlibdoc.who.int/publications/2004/9241546387_jpn.pdf
この基準は、大人、子供に関係なく適用される。大人の摂取量は730 L/年としている(つまり、2 L/day)。

この水質基準は、平常時に使われる基準で統計学的推定生涯リスク(増加分)10^-5とかなり安全目なもの。これを満たしていれば、十分に安全である思われる。

核種 Bq/kg
I-131 10
Cs-134 10
Cs-137 10
Sr-90 10
Pu 1


IAEAによる原子力事故時の水質基準(オペレーショナルレベル)は下のp. 13。
http://www.wpro.who.int/NR/rdonlyres/55CDFAF4-220A-4709-A886-DF2B1826D343/0/JapanEarthquakeSituationReportNo1322March2011.pdf

核種 Bq/kg
I-131 3,000
Cs-134 1,000
Cs-137 2,000


110319(土)発令の原子力安全委員会が定めた飲食物制限に関する指標値 (飲料水)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000014tr1-img/2r98520000015k18.pdf

放射性元素 Bq/kg 乳児(Bq/kg)
I 300 100
Cs 200 200


IAEA原子力事故時の基準や110319(土)の水質基準値は、高濃度汚染が長期間にわたり続いた時にも使い続けられるようなものなのかということは、はっきりはわからない。

ただし、I-131に関しては、このまま再臨界さえなければ、3ヶ月で1/1000以下になる。そのため、WHOのガイドライン基準ではなくて、110319(土)の水質基準値に従って問題はないだろう。
Cs-137やSr-90 は、半減期が長い(体内半減期が短くても、土壌にとどまる時間が長い)のでWHO飲料水水質ガイドライン基準を尊重した方がいいように思える。


水道水の測定結果のリンク先

全国の水道の放射能濃度のグラフ
http://atmc.jp/water/
東京都浄水場放射能濃度の速報
http://www.metro.tokyo.jp/SUB/EQ2011/water.htm
東京都浄水場放射能濃度のグラフ
http://atmc.jp/water_tokyo/
東京都健康安全研究センター(東京都新宿区百人町)の水道の放射能濃度
http://ftp.jaist.ac.jp/pub/emergency/monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/w-past_data.html
福島県の水道の放射能濃度
http://www.pref.fukushima.jp/j/index.htm
福島県伊達市の水道の放射能濃度
http://www.city.date.fukushima.jp/groups/kankyo/folder.2011-03-24.1747509560/mizu.html


東京都の金町浄水場で水のI-131の放射能濃度が、3月22日に210 Bq/kgと、110319(土)の水質基準値の乳幼児向けの基準(100 Bq/kg)を一時的に超えた。しかし、110331(木)現在は検出限界以下(20 Bq/kg以下)に低下。

Cs-137に関しては、ほとんどの場所で、検出値がずっとWHOの基準を下回ったまま。福島市では公開を始めた110318(金)以降、ずっと検出限界未満。東京都新宿区百人町の水道水で最も高濃度だったのが110324(木)の1.43Bq/kg。つまり、Cs-137の水道水汚染はまったく気にしなくてよいレベル。

新宿区百人町の東京都健康安全研究センターの検出値も相当下がってきている。
110330(水)時点で、I-131: 5.09 Bq/kg、Cs-134: : 0.25 Bq/kg、Cs-137: 0.63 Bq/kg。

110331(木)時点で、福島県の一部(飯舘村など)を除いて、水道水はI-131に関しては、110319(土)発令の原子力安全委員会の水質基準値を満たしており、Cs-137に関してはWHO飲料水水質ガイドライン基準を満たしている。よって、福島県の一部(飯舘村など)を除いては、現在のところ、水道水は乳幼児に対しても安全な状態であるといえるだろう。